うつ病に効果のある針灸治療

中医学では、うつ病のことを「鬱証」と呼んでいます。

WHO(世界保健機関)の疫学調査によると、うつ病の有病率は世界の総人口のうち約3~5%と言われていますので決して珍しい病気ではありません。しかしながら、数千年の長きにわたって中医学ではうつ病治療に対する豊富な治験を蓄積してきました。
中医学からみると、鬱証は情緒との関係が深く、そのうえ精神意識の活動と五臓それぞれの働きにつながっています。情緒の変化が五臓の働きに影響をもたらしたり、逆にその五臓の働きが低下することによって情緒に変化が現れたりすることもよくあります。このような変化は、七種類の情緒に分類され、「七情(喜、怒、思、憂、悲、恐、驚)」と言われています。
公元1347年、元の時代に朱丹溪が著した古典医書『丹渓心法』には、「気血が調和されると病気にならない。鬱になれば多くの病気が発生する」と書かれています。(气血冲和,万病不生,一有拂郁,渚病生焉。故人身渚病,多生于郁。夫所渭六郁者,气、湿、熱、痰、血、食六者是也)

鬱には六鬱(気鬱、湿鬱、熱鬱、痰鬱、血鬱、食鬱)があります。中でも、気鬱によって起こる病気が一番多いのです。中医学におけるうつ病の病位は脳にありますが、心、肺、肝、脾、腎臓とも関係があります。主な病理の変化は、気機の不調、気機の巡りを詰まらせる、滞らせてしまう痰鬱内阻などがみられ、脳が制御を失って気分が落ち込むなどの「精神症状」が見られます。七情失調になると、五臓の気機もまた失調して「身体症状」が現れます。すなわち、うつ病は情緒不順やストレスなどによって鬱証を生じることが主な原因となります。

鬱証の四つの主証

① 肝気鬱結証
症状:精神抑鬱、脇肋がはれや痛み、腹が張る、しゃっくり、食欲がない、げっぷ、生理不順、生理痛、生理前(生理中)の乳房のはれや痛みなど。
舌苔薄膩、脈弦。
② 気鬱化火証
症状:頭痛、口が苦い、のどが渇く、焦燥感からくる怒り、息苦しい、脇のはり、便秘、目の充血、耳鳴り、舌の赤み。
苔黄、脈弦数。
③ 痰気鬱結証
症状:咽候部の異物感、のどに何かが詰まり、吐き出すことも飲み下すこともできない。
舌苔薄膩、脈弦滑。
④ 陰血不足証
症状:精神的な不安、心悸、悲嘆にくれる、強い絶望感や孤独感、思考能力の低下、睡眠障害、突発性のため息、痙攣など。
舌苔薄白、脈弦細。
治療の原則:
『活血袪瘀、鎮脳安神、疏肝理気、補腎健脾』

針灸治療はその範囲が広く、確実に効果があります。数千年にわたる臨床経験にもとづいた針灸によるうつ病治療は安全で効果的です。そして、患者の病証にあわせた弁証を通じて治療の方法を決定します。 うつ病の針灸治療には、足の太陽の膀胱経、八会穴の血会穴を取り、活血袪瘀の効能があります。
五臓の兪穴で気持ちが落ち着かせると、補腎健脾、疏肝理気の作用があり、五臓の気機を調和させ、臓腑の機能を正常に回復させます。さらに、督脈の経穴を取って鎮脳安神するとさらによい治療効果を得られます。 一般的な抗鬱薬などに比して、針灸によるうつ病治療は副作用を減らすだけではなく、迅速に変化する病状を改善することができ、驚異的な効果があるのです。

当院でのうつ病治療の症例

  • 札幌市南区在住 女性 38才
  • 初診 2006年2月
主訴:
およそ1年にわたって、のどが塞がっているように感じていた。
症状:
1年ほど前に精神的な苦痛を感じてから、頚部がはり、のどが塞がっているように感じ出した。のどの閉塞感は、ときに強く、またあるときは弱くなって異物が詰まっているような感覚があり、吐き出すことも飲み下すこともできない。(咯之不出、咽之不下)さらには、胸が苦しくなり、ため息も止まらず、頭がぼうっとして、物忘れが多くなり、集中力も続かない。睡眠も夢を見てばかりでよく眠れないなどの症状を伴っていた。
望診:
舌が紫色を帯び苔は薄黄膩。
症候分析:
ストレスなどの七情失調が原因で肝気鬱結になり、津液の代謝が悪くなって痰湿が生まれ,咽候部の異物感などの症状がある。
診断:
痰気郁結証(梅核気)
治療:
理気解鬱,化痰利咽
取穴:
天突、膻中、内関、豊隆、太衝。
方義:
太衝穴は疏肝解鬱、天突穴には降気利咽、さらに内関穴では寬胸理気の作用があります。膻中穴は気会の穴、豊隆穴は足の陽明胃経の絡穴で、二穴を合わせもちいて行気祛痰の効用があります。

本症例では16度の治療で治癒しました。